どこも住めば都!

 さぁ〜 当時マンハッタンのグリニッジヴィレッジにあったUSA大山空手(当時の呼称)総本部に到着しました。雑誌などの写真で見てはいましたが、足を踏み入れるとやはり感激です。 ちょうどクラスが始まっており、ロビーに居るだけで物凄い熱気を感じたのを覚えています。 迎えに来てくれた先輩が道場の中でひときわオーラを放つ漢に向かって「押忍! 最高師範(当時のタイトル) 連れてきました」と告げると鋭い眼光をこちらに向け「よく来た!」と一言。僕はといえば、直立不動で浮かんでくる言葉は『押忍!』のみでした。 クラスが終わると大山茂最高師範のオフィスに呼ばれ「お前にはシカゴの三浦師範のところに行ってもらう」と告げられ、思わず「えっ!」と声を上げそうになりました。 事前にシカゴかアラバマの道場へ移る可能性があることを伝えられていたとはいえ3人の師範たちの中で写真で見る限り一番怖そうで『シカゴだけには絶対に行きたくないなぁ〜』とひそかに心に抱いていた三浦師範のところへ…まさか!

 こんな具合で夜も更け、そろそろ寝る時間です。 先輩に「そこにある Sleeping bag どれを使ってもいいぞ!」と言われ「押忍!」と元気よく返事はしたものの 『Sleeping bag』って何?の世界でした。 ようやくそれが寝袋であることに気づきましたが、そこにあるのは歴代の内弟子たちの汗がバッチリ浸み込んでいるようなものばかりでした。 でも、10月初旬の New York は朝夕冷え込み、何かを掛けないで寝るわけにはいかず贅沢など言ってられませんでした。 しかも寝床は道場のマットの上、枕は普段の稽古で使っているパンチ・キック用のミットで、これらにも汗や血がしっかりと浸み込んでいました。 また、場所柄か?四六時中パトカーのサイレンと道を行き交う人たちの騒音が酷く、それに加えて時差ボケもあり、なかなか寝付けませんでした。 『しまったなぁ〜!やっぱり来るんじゃなかった』と思いながらも時すでに遅し、夜も明け内弟子の早朝稽古が始まってしまいました。 この寝袋での生活、この日から約3年間続き、しばらくは身体が慣れずに寝れない日々でしたが、3ヵ月もすれば寝袋に慣れ始め、1年も経てば試合などでホテルに泊まってベッドで寝る方が寝苦しく感じるまでになっていました。

 もう一つ不便に感じたのがシャワーだけの生活です。 こればっかりは内弟子生活を終えアパートで生活するようになっても日本のような深いバスタブに毎日入る生活は出来ませんでした。 それが理由なのか?帰国してからは時間が許す限り、あちらこちらのスパー銭湯巡りをしています。 僕の趣味のひとつになっており、帰国前に約2ヵ月かけてアメリカ一周
(約1万5000キロ) 車での一人旅を体験した僕にとっては、風呂に入るために日本全国を駆け巡るのは、それほど苦になりません。 ただ、家人たちは初めの頃こそ喜んでついて来ていましたが、日帰りでの遠出に段々と迷惑がられるようになりました。(笑)  何はともあれ『人間慣れれば意外と不愉快に感じることも心地よくなって来る』ということを伝えたかった私です。 内弟子生活のおかげでアメリカ一周の旅は、どこであろうと野宿であろうとも寝付きよくぐっすりと寝れました。 また、この旅のエピソードも披露していきたいと思います。   押忍!

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