いざ Chicago へ

 New York 州の隣にあるコネティカット州で大山空手主催の北米選手権大会が開催され、そこに出席された三浦師範がシカゴに戻られる際、同行させていただくことになりました。 この大会は午前中に型と防具を付けてのポイントを競うライトコンタクトの組手試合があり、夕方からメインイベントであるフルコンタクトの組手試合という構成になっていました。私にとって型やポイント制の試合を見るのは初めてということもあり新鮮に感じ、特に型の試合は5人の審判の目前で自己紹介から始まって型を披露し、それをフィギュアスケートのようにスコアで競いますが、それぞれのレベルごとに多くの老若男女が参加しており、それまでとは違った視点で大会を学べました。そして大会が成功裡に終わり、その後は打ち上げパーティが催され、本来なら大喜びのはずなのですが、事前に先輩より「多分、大津は何か一曲歌うことになるな!師範直々のご指名があると思うよ!」と大変ありがたいアドヴァイスをいただいており、楽しむ気分どころではありませんでした。 その日を境に大会後のパーティでは必ず何か芸を披露する羽目になり、試合よりも緊張する時間だったのを思い出します。

 さてさて、パーティがいくら深夜まで続けられても我々内弟子は翌朝ゆっくりと寝ていられるわけではありません。特に、僕は三浦師範とシカゴに行くことになっており、先輩からの情報では大山茂最高師範が大山泰彦師範・三浦美幸師範を空港まで見送る都合で僕もその車に同乗することになっていると聞かされました。 空手界で伝説の師範たちとLaguardia空港
(主に国内線用) まで約1時間の道のりをご一緒とは・・・喜ぶべきか悲しむべきか? というのも車内で師範たちのリクエストに応えて歌わなければいけないだろう?という先輩の冗談には取れないお話が付け加えられていたからです。 それはいつも突然やってくるそうで「誰々の歌声が聞きたいな〜!ワン・ツー・スリー はい・・・」で直ぐに歌詞が出ないと厳しいお説教が待ち構えているとのことでした。しかも、師範たちが知る歌でないと機嫌を損ねてしまうとの付け加えもあり、在米何十年にもなる師範たちに流行りの日本Pops では打ち首ものです。(笑) 今では、咄嗟のハプニングにも冷静な対応できるよう能力を養っていただいていたと解釈しております。(笑) かと言って英語の唄は歌えないし演歌と言われても・・・?と悩みながら僕の持ち歌としていたのが童謡でしたが幸いその時は最高師範と泰彦師範が話に夢中になり僕の出番はありませんでした。ただ、当時 最高師範が運転していたレザーシート装備の大きなキャデラックは座っているだけで心地よくポカポカ陽気も手伝って睡魔と闘うのに必死でした。もちろん隣にはゴルゴ13を彷彿させる三浦師範がクールな面持ちで座っておられます。(笑) そうしている内、空港に近づくと我々の頭上を飛行機がドンドン横切り、それを見ながら泰彦師範一言「俺は未だあの鉄の塊が空を飛ぶのが不思議でならん!」と。僕はそんなこと考えもしませんでしたが、本をよく書かれる師範らしい感覚だなぁ〜?と感じました。

 最近、ふと周りを見渡せば『不思議だなぁ〜?』と思うことが多々あります。これも経験を積み重ね物事を落ち着いて見られるようになった賜物だろうか?と自問しています。

 さぁ〜!United航空機に乗り込み、それまでとてつもなく寒い上にアルカポネに代表されるマフィア本拠地の街など暗いイメージばかりが先行してしまいがちだったChicagoに向けNew York を発ちました。  押忍!

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