賢者とは?  April 11, 20011

 日々、空手クラスをリードしていると考えさせられることが多々起こりますが、特に幼年クラスや小学低学年の道場生を指導する時は一段とその頻度が増してきます。 表現力の豊かさが試される瞬間でもあります。 成人に対する表現の仕方と同じでは到底理解してもらえない事は誰が考えても分かりますが、それを噛み砕いて彼らの年代にも分かるように説明するのは僕にとってひと苦労です。やっと今になって三浦師範が口酸っぱく言われていた「子供が指導できるようになったら一人前だよ!」との言葉を実感しています。

  そして、私が密かに尊敬の念を抱く稲盛和夫氏の書の中に「愚人は簡単な事を複雑に捉え、凡人は複雑な事をそのまま複雑にしか捉えられないが、賢人は複雑な事をより簡単に捉える」との一説。氏と何か関わりがあるわけではありませんが、JALの会長に就任する前から京セラの重鎮、或いは盛和塾のトップとしてJAL便でシカゴに何回か来られており、その行動を間近に見ていた私は数多くいる経営者と云われる人たち中でも『一線を画しているなぁ〜』と感じずにはいられませんでした。 

  この一説を頭に入れた上で先般の震災以来テレビに出演しては放射能関係について色々解説していた素晴らしい肩書を持ち、皆から有識者と思われている人たちの説明を思い出してほしい。 色々と発表される細かい数字や単位を基にキャスターと呼ばれる人達が質問を出します。「この数値は人体にどのような影響があるのでしょうか?」「我々はどのような対応をすればよいのでしょうか?」等々。 僕の記憶する限りでは、それに対し、なおも聞き慣れない数字や単位を並べ最後に「これらの値をどれぐらいの時間、どのような状態で浴びるかによるため、一概には何とも言えないが、さしあたって人体に影響がでる数値ではないと思う???」とか「すぐさま健康に被害を及ぼすものではないと言えるのではないかと思います。」といった決まり文句を発していたような? 聞いていた僕としては前置きが多くハッキリと理解しがたかったので『放射線を浴びようが浴びまいが病気になる時はなるし、ならない時はならない。』もしくは『どんなにもがこうが死ぬ時は死ぬし、生き延びる時は生き延びる』と開き直るしかありません。 そして、サンフランシスコの小杭和尚が常々説いていた法話が頭の中に思い浮かびました。 それを今の状況に置き換えて私なりに解釈すると『放射能からの影響ばかりを考えて慌てふためき交通事故で命を落としたり、甲状腺ガンにならないかと心配ばかりして他ごとで病気になったり、精神的に患っていたのでは生かされているこの貴重な時間、かけがえのない我が人生を無駄にしてしまいかねない! そんな事より、今この時を一瞬一瞬、大切にする事の方がどれほど意義のあることか!」というふうに。

 さて、皆さんはどう捉えますか? 生という名の下、与えられた時間、有意義に過ごすべきと考えるのは僕だけだろうか?  押忍

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