Timing October 5, 2011


 英和辞典で調べると『機を得ること』『好機を失わないこと』とあり【タイミング】を国語辞典で調べると『物事を行うのにちょうど良い時機。また、それをみはからうこと』とありました。 我が人生を振り返れば、まさしくこれを実感する思いが多々あり。 組手もいくら素晴らしい突き、蹴りが出せてもタイミングが悪く相手に当たらなければ『相手を倒すという意味』においては何の役にもたちません。 反対にどんなに無様な突き、蹴りでもタイミング良く当たればKnock out 出来ることがあります。実際に僕の経験でいうと、大体相手を倒した技は『え〜!なんであんなのが効いたの?』といった感覚で不思議に感じること多し。

  これまでの日常生活でも不思議だと感ずることが多々ありました。 熟慮に熟慮を重ね取った行動が思ったほど上手く事運ばず、思いつき程度の行動の方が大きな成果をもたらした経験、皆さんにも少なからずあるかと思います。 全ては『タイミング』が成せる技だろうか? ここで聞こえてくるのが小杭和尚のよく云っておられた『何事に於いても、思うように事運ばないのが当たり前、ことが思い通りに上手く運んだ時は大喜びせねばいかん!』 この気持ちが根底にあれば何か失敗をしても、それほど落ち込む事はないだろうと思うのですが、僕自身は未だその域に達することができていません。 

  毎朝、同じ手順、同じ量のコーヒーを作っても、その日によって『おいしい!』と感ずる日もあれば『なんだよ!この味!』と思う日もあり、ましてや他の人が作っていようものなら『この下手くそが!』とついつい言い出しそうになりますが、そこは空手道で鍛え上げた『押忍の精神=我慢』を遺憾なく発揮し、穏やかに円満な朝を迎えるように心掛けています。

  なぜか、今朝は和尚の云われた『この世に自分の思い通りになるようなものはありゃせん!お前の身体でさえ、自分の思うようにはできんやろ!』の言葉が頭に浮かんできたので書いてみました。 そう言われれば、自分の身体を思い通りにコントロールできれば、歳は取らなくていいし、病気にもならなくていいし、勝手にお腹が空くこともないし、好きなものを好きな時に好きなだけ食べる事さえもできるだろうし・・・、数え出せば限がありません。

 こんな事を心得ながらも、すべての事を僕の思い通りに事運ばそうと秘策を練りタイミングを見計る私です。 未だ、修行が足りなさ過ぎるのかな?   押忍

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